2013年5月8日水曜日

中野頼子さんがご逝去されました

5月4日(祝・土) PM4:33
当日AM11:00頃 病院で輸血を受ける為にベッドに横になり
開始と同時に意識が無くなりそのまま逝ってしまいました。

ご主人様と最後の会話は「私は大丈夫だからお買い物に行っていいわ」
それじゃ 「今晩のおかずを買いに行ってくるよ」と白石から地下鉄に
乗ったら3・4分のところで すぐに病院に戻って下さいと携帯にメールが
入り急いで戻ると もう意識も無く心肺停止の状態でした

頼子さんご自身も ご家族の皆様も なぜ・・・・・・・・・・・・・

29日NAGANO記念館の恒例のお花見でした
雨の続くゴールデンウイークのなかで一日だけ雨も降らず
少々の晴れ間がありました

AM11時から始まり 頼子さんは来れないのだと思っていましたら
PM1時頃 晴れたから来たよと言って いらっしゃいました
良くこれたわね

お肉食べましょう 乾杯

そう 思えばとてもお疲れのようでしたね

後でお聞きしましたら前日 ご家族で函館に旅行に行かれたそうです
そのことは 一言もお話になりませんでした

祝日だけれど土曜日に輸血に行くから 早く終わったら
店に行くからね・・・より子さん
そう待っているね・・・・私

頼子さんとの最後の会話でした

平成十年頃でした
詩人の斉藤正義さんとご一緒にお見えになりました
「とても歌の上手で素敵な女性を連れてきたよ」

永野健次郎との出会いでした
シャンソンを歌いたかった 
とてもうれしそうでした

2007年コンサートやりましょう
2007年3月21日(祝日〕 「詩とシャンソン」
 シャンソンという 小さな物語
過ぎた日の 心の扉を そっと開けて
 幼かった頃 若かった日々を
  振りかえりながら・・・・・・・・・・・・・・・
このひと時が やさしい時間に満たされます様
 語り そして 歌います

永野健次郎との最後のコンサートでした
2011年1月14日 先に逝ってしまいました 76歳

頼子さん 2012年 私なんだか痩せてきたわ 変ね
お医者様 3月中に好きな事をやった方が良いと言ったの

私 それは大変コンサートをやりましょう
ピアニストはMIZUKI君ね

2012年3月23日〔祝日) 「頼子さん魂を歌う」
全身全霊 魂の歌でした

ビデオを撮りましょう

45名のお客様 店が一杯になりました
頼子さんのご病気を知っている人 知らない人
皆様 感動 感動・・・・・・・・・・・・・・・
涙が出ました

沢山のお花に囲まれ 無事やり遂げて良かったわね

絵画の個展
詩集「さよなら*アボガドの日」

精力的に全てのことを短期間の間にみごとにやり遂げました

輸血も週に一回から二回になっていました

頼子さん 「私他人の血で生きてるの・・」
どんなに辛い日々だったでしょう

2013年4月23日〔火〕のNAGANO記念館のニュー音楽祭に出てね
「何を歌ったらいい?」頼子さん
あれいいんじゃない 想い出の瞳・スカーフ 私が答える

最後の歌声でした  私ちょっと風邪をひいてるの  頼子さん
そしたら治ったらまた聞きたいね   トンボさん

キタラでも歌いました
小樽の文学のお仲間・函館のお仲間
あちこちで素敵なコンサートをしましたね

頼子さんの歌声は永久に皆様の心に残りました

こんなに強い方はいないと思います

生きる 生き抜く 最後の最後まで自分を生き抜きましたね

天国で永野健次郎に逢いましたか
ピアノ伴奏してもらって 沢山シャンソン歌ってください

とても寂しい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・合掌








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